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last updated 1997/07/11

第57話(全130話)

朝食(2/2)




 マリカの気配は岩山をひとつ越えた場所から伝わってくる。ピートはそちらへ向けて急いだ
。急な斜面を登り、岩山の頂点に立つと、その向こうが見渡せた。月世界の写真に、オランダ
のチューリップ畑の写真をペタンと貼り付けたような光景がそこにあった。強烈な陽射しを反
射して真っ白に光っている岩に囲まれた花園がそこにあった。あまりにも淋しい風景に胸を痛
めた巨人が、花束をポンと置いて行った、というふうにも見える。周囲の殺風景を埋め合わせ
るように赤、黄色、緑、ピンクのチューリップが狭い窪地に密集して咲き競っている。ただそ
のチューリップは背丈が二メートルほどあった。さらにそのチューリップは花ではなく、そう
いう姿の動物のようだ。外見は花のようだが、ひとつひとつが意思を持ってゆらめき、動き、
そして剣を振るうマリカに挑みかかるように身をくねらせている。
 それはメリイジという名の動物だった。地球で言えば珊瑚に似ているかもしれない。チュー
リップの長い茎の部分が岩のように固く、パイプ状になっていて、その中に蛇のように細長い
体のメリイジが隠れている。メリイジは普段は茎の部分に隠れているが、獲物が近づくといっ
せいに茎から七メートルに及ぶ体を飛び出させ、花のようにひろがる口でくらいつこうとする
。花の部分が口で、メリイジには目も鼻もなく、ただ花のようなカラフルな口と茎のような緑
色の胴体だけがある。
 いま、マリカはそのメリイジ相手に必死に剣をふるっていた。マリカは正確にメリイジの茎
を切り付けるのだが、柳の枝のようにのらりくらりと揺れ動くそれを中々切断することができ
ないでいる。
 岩山の上からそれを見下ろしているピートに気づいて、どこからかフィンフィンが近づいて
きた。どうやら彼もマリカの奮闘を見守っていたらしい。
〈目が醒めたんだね、ピート〉
〈あ、うん。誰もいないんでビックリしちゃったよ〉
〈パピロがいたろ? あいつに朝ごはんを食べに行くから、ピートにそう伝えてって頼んどい
たんだけど、ちゃんと伝言してもらった?〉
〈ちゃんとかどうかはわからないけど、とにかく言わんとしてることは伝わったよ〉
〈それ以上はパピロに期待しちゃ駄目さ〉
〈みたいだね。・・マリカは何してるの?〉
〈朝食をハントしてるんだよ。手こずってるみたいだね〉
 ハント? 狩りのこと? 
 ピートは驚く。そして驚いている自分を、ひどく世間知らずのお坊ちゃんだと思った。
 もちろん、狩りのことに決まってるじゃないか。食料も持たずに旅に出たんだ。お腹がすい
たら、食べ物は自分で捜さなきゃならないのは当然だ。肉食動物じゃないから、毎回狩りをす
る必要はないんだろうけど、木の実があるところでは木の実を食べ、果実のなる木があれば、
果実を食べ、そして獲物がいればハントして、食べる。それは当たり前のことで、何も驚くよ
うなことじゃないのだけど、でもピートは何となく、マリカは果物や木の実だけを食べている
ように思い込んでいた。肉を食べることがあるとすれば、それはどこかお店で買うのだろうと
思っていた。世間知らずのお坊ちゃんなんだ。ピートは自分でそう思う。肉を食べるためにお
姫さまが獲物を狩るなんて、ひどく野蛮だと思ってしまうのだから。
 長い旅をしなければならないんだ。ならば動物性蛋白質は採れる時にたっぷり採っておいた
ほうがいいに決まってる。店で買うだって? 誰か見知らぬ人が見知らぬ場所でハントしたも
のを見知らぬ人が捌いてお店に並べてあれば、それは野蛮じゃないと、ぼくはそう思ってるわ
け? は! 世間知らずもいいところだ。そんな都合のいい話があるもんか。人間は肉を食べ
る。食べるためにはハントする。どんなに命の重さを語ろうと、それは変えられない。
 マリカの剣がヒュンとうなった。マリイジの一体が茎と花を両断されて転がった。マリカは
それを拾い上げると、ピートの視線に気づいたのか、こちらに顔を向けてニコやかに手を振っ
た。つられてピートも手を振り返す。
「マスター、どう? 生きがいいのを仕留めたわ!」
 ハントの成功に、お姫さまはとてもご満悦の様子だった。世間知らずのお坊ちゃんは、なる
べく命を断ったばかりのマリイジを見ないようにしながら
「お見事ですね」
 と口先だけで賞賛するのだった。

(つづく)




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